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気がつけば、ここはメキシコだった

メキシコ在住ライター、小さな食堂『EN ASIAN FOOD』のおばちゃん、All About メキシコガイド 長屋美保のブログ

アルフォンソ・クアロンが撮らなかったドラマ

EN ASIAN FOOD 日誌 メキシコの日常 ラテンアメリカ 映画 社会問題・政治
メキシコが騒がしい。
2017年に入った早々に、ガソリンが値上がりしたのだが、そのせいで、トルティージャや、野菜などの食料品、交通費、光熱費など、生活に関わる、ほぼすべてのものが値上がった。この高騰への反対運動を牽制するためか、政府に雇われているらしき暴徒が、メキシコ各地で犯罪行為を行っている。
「ガソリン値上げ反対」を掲げて、ガソリンスタンドを燃やしたり、スーパーやデパート、コンビニなどで略奪を行ったり、高速道路を占拠して、金品を奪ったりしているという。
 
昨日は、私たちの食堂があるメキシコシティダウンタウンの通りの商店のほとんどが、夕方になったら、一斉にシャッターを下ろしてしまった。隣の通りに暴徒が来て、市場や商店で略奪しているという噂が流れてきたからだ。
誰も暴徒を見ていないし、そんな気配もないのに、メキシコシティの繁華街は、ゴーストタウンのようになった。
 
体制側は、反対運動をしている人たちが犯罪行為も行っていると吹聴している。すでに戒厳令を布いている地域もあるし、メキシコ全体で、軍隊が街を堂々と陣取れる状況に追い込もうとしている。人々の不安を煽り、人々が隣人を疑い、路上で抗議活動をしにくいように。抗議活動を平和に行っている人たちの間に、暴徒を送り込み、大暴れさせて邪魔をするのは、体制側のよくやる手段だ。
 
1968年、メキシコシティのトラテロルコ広場で、オリンピック開催に反対する400人におよぶ学生たちが、政府によって虐殺された事件があるのだが、その当時と同じような状況になるという、噂が駆け巡っている。携帯電話のメッセンジャーアプリ、whats uppの音声録音を使って拡散されまくっているのだ。
でも、その噂も、人々の恐怖心を煽るための誰かの策略な気がする。
 
噂は噂と思いつつ、気味が悪いけれど、私たちのような労働者は、働いて稼いで生きるしかないし、怖がっても始まらないので、店も通常営業して、明日の夜は遊びに行く。怯えて、家の中に閉じこもるなんてアホらしい。
 
ところで、月刊ラティーナの海外ニュースの記事『アカデミー監督賞受賞のアルフォンソ・クアロンが新作を撮影中にトラブル』でも書かせていただいたのだが、メキシコ出身のアルフォンソ・クアロンが、メキシコシティを舞台にした、新作『ROMA(仮題)』を撮影中だ。
1970年代のクアロン家族とメキシコの社会背景(1971年に起こった学生虐殺事件で、政府の雇った者たちに、学生運動内で暴れさせて、その混乱によって学生たちを逮捕したり、殺した)を交錯させた作品のようである。
 
関連情報:
 
なんだか、現在メキシコで起こっている状況と、シンクロするようだが、クアロンは、どのように捉えているのか、興味がある。
 
さらに、この映画に、ちょっと関わる「事件」があったので記したい。
 
かつて映画館であり、現在はコンサートホールとして使用されている劇場の目の前に、私たちの食堂があるのだが、その劇場が『ROMA』のロケ地のひとつとして選ばれた。
 
必然的に、劇場周辺の店舗や施設が、ロケの間はセットの一部として使われることになる。もちろん、店を閉めている間には、報酬をくれるそうだから、悪い話じゃない。ただ、3ヶ月も店を閉める可能性があるという。
 
食堂を始めて1年が経過したばかりだし、ここで長期間休んだら、ようやく掴んだ常連客も失うことになる。でも、「待てよ。これは、4年以上帰っていない日本へ里帰りできるいい機会かもしれない!」と考えたら、すごいいい話ではないか!と夫と浮かれていたのだが、蓋を開けたら、撮影期間は、わずか2日間だけだった。ガックシ。
 
さて、撮影の2日前より、私たちの食堂と、その隣のアイスクリーム屋の外壁を、70年代風に変えることになった。
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どうやら、私たちの店はトルタ(メキシコ特有のホットサンドイッチ)屋になるらしい。
当食堂のカウンターには、メキシコ伝統のタラベラ焼きのタイルが使われているので、ふだんからトルタ屋によく間違えられるし、ちょうどいいのかも。
店の外壁にはレトロな字で、トルタのメニューまで描かれ、店の名前も「TORTAS DON BETO(ベトおじさんのトルタ屋)」と描かれていた。文字を書いた外壁は、撮影が終わったら元どおりにするのだが、ペンキを綺麗に塗り直してくれるわけだから、こちらとしても助かる。
そんな様子に、クアロンの映画にうちの店が登場するなんて、ちょっとわくわくするなあ〜なんて思ってたのだ。
 
だが、私たちの食堂の上に住む、ドン・ホルへ(ホルへおじさん)が、険しい顔をして、その外壁を見ている。ドン・ホルヘについては、以前のブログ記事

『忘れられた人々』のような光景が、そこにはあった -』でも書いたが、近隣の荒くれ者(というか、チンピラ)を集めて、いつも宴会をする酔っ払いとして、地元で有名人だ。

そのドン・ホルヘが、「これは俺の壁なのに、許可を取らないなんて失礼だ。ペンキを上から塗ってやる」と赤い顔をして怒っている。
夫が「私たちが借りている物件の外壁なので、あなたには関係ないのでは?まあ。落ち着いて」と、説明したが、納得いかない様子だ。
 
撮影前日の夜、酔っ払ったドン・ホルヘが、ダフ屋や、路上駐車を仕切る輩やらを集め、うちの店の前で騒いでいる。
いつもの光景なので、あまり気にしていなかったのだが、「ついにやったったああ!」というドン・ホルヘの高笑いと、バッシャ〜ンと液体をぶちまけるような音がして、外を見ると、酔っ払いどもが、バケツに入ったオレンジ色のペンキを、うちの店の壁にぶっかけているではないか。
さらに、うちでバイトしてくれている、アレハンドラに、「アレちゃん、手がペンキで汚れちゃったから、ティッシュちょうだい」という始末。
正義感の強いアレハンドラが、「そんな、悪い事する人には、ティッシュをあげません」と返すと、ドン・ホルヘが怒って「今、俺が悪い事したって言ったな〜」と食いかかったので、さすがに私も黙って見ているわけにはいかず、彼と話すため、店の外へ出た。
 
あまりに理不尽すぎることへの呆れを感じると同時に、この酔っ払いオヤジをどうやってなだめるかを、数秒間でくるくると考えて、とりあえず、「ヒ、ヒドい。私たちの店の壁がこんな風になってしまうなんて。なんでこんな仕打ちを受けなければならないのぉ〜」と、泣いてみた(が、涙は流していない)。
 
すると、ドン・ホルヘの周りで、騒いでいたチンピラどもは、スーッと周りからいなくなり、ドン・ホルヘと私だけになった。できるだけ大げさに泣いた方がいいと思って嗚咽をあげてみると、ドン・ホルヘは
「セニョーラ、申し訳ないけど、ここは日本じゃなくてメキシコなんだ。ここにはここのルールがあるのだ」とかいうことをたじろぎながら言い、逃げるように去っていった。
アレハンドラも、隣のアイス屋の一家も心配そうに私を見ている。
どうやら、みんな私の渾身の演技に引っかかったようだ。このままでは、ずっと泣いているふりをしないといけないので、店のシャッターを閉めて、アレハンドラに「実は泣いてないよ〜ん。がはははは。あの酔っ払いどもめ。どいつもこいつもキンタ○がねぇーな〜」と笑って見せたら、呆れられた。
すぐに、映画美術スタッフに連絡して、ドン・ホルヘが塗ったペンキが乾く前に、5人がかりで、ペンキを水洗いし、なんとか以前の状態まで回復できた。
これで、撮影当日もスムーズに、ことが進みそうだと、皆でほっと胸をなでおろしたのだった。
(後日、ドン・ホルヘが、昔トルタ屋をやっていた事実を知った。映画スタッフが、もしも「トルタ屋ドン・ベト」ではなく、「トルタ屋ドン・ホルヘ」と描いていたら、ドン・ホルヘが怒ることもなかったかもしれない)
 
さて、その翌日。

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クアロンの映画の撮影は劇場内を中心に進んでいた。通りには、10台以上のクラシックカーが停まっていて、電話ボックスや、看板、露天商、エキストラの服装なども70年代風に彩られ、当時へタイムスリップしたかのようだ。私たちの食堂も、クアロンの映画のなかで、トルタ屋として入り込むのだなあと、ちょっと感慨深かった。
隣のアイスクリーム屋の一家も、嬉しそうだ。
 

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 ところが、劇場内での撮影が長引いた関係で、劇場の外でのシーンを撮らないことになってしまった。
 
美術スタッフが一生懸命作ったセットや、ドン・ホルヘの怒りや、私の渾身の演技は何だったのだろうか?
 
まったく、クアロンは、良いシーンを撮り逃したもんだ。
 

 

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