気がつけば、ここはメキシコだった

メキシコ在住ライター、小さな食堂『EN ASIAN FOOD』のおばちゃん、All About メキシコガイド 長屋美保のブログ

『呪文』を読んでみたら見えたこと

小料理屋開店も、遂に佳境に入ったかも.....といいたいところですが、
まずはお知らせ。
 
鹿児島、韓国、メキシコのミュージシャン4人から成るユニット、
クアトロ・ミニマルのCDアルバム『ラ・コラ・デル・ドラゴン』が本日7月12日、日本発売されました!
 

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Cuatro MinimalのCD『La cola del dragon』ジャケット

2014年9月26日、メキシコ・ゲレロ州で国家権力に消され、いまだに解決していない43学生失踪事件をもとに作られたアルバム収録曲、『La cola del dragon』から、タイトルをとっています。「曲がりくねった、困難な道」という意味もある曲。
 
ちょうどこのアルバムのメキシコでのレコーディングを取材させていただいた縁もあり、思い入れのあるグループです。
間もなく、アジアツアーも行うので、ぜひぜひ皆さん、CDを聴き、コンサートへ行って、その忘れられない音楽を体感してください!
 
アルテスに3回に渡って紹介された、クアトロ・ミニマルのメキシコレポートはこちら(ツアースケジュールも掲載)▼
さて、「曲がりくねった道」といえば、私たちの小料理屋の開店もその道を辿っております。予定より、本当に遅れていて、みんなに「いつ開くのか」ときかれるたびに、「こっちがききたいよ〜」といいたい感じですが……ようやく、終わりが見えてきました。なんとか8月までにはオープンできると思います(ちょっと安心)。
しかし、覚悟はしていたものの、改装にここまで時間がかかるとは思わなかった。
 
最近の様子。今できているのはここまで▼

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白い合板の上にステンレスを貼ったら、終わりなのですが、そこまで至るのにかなり時間がかかってます。
 
 
ドリンクカウンター部分のタイルは、タラベラ焼きにしました。正確にはメキシコシティで作っているのでタラベラ焼きではありませんが、そんなところが気に入っています。

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今回の店作りで、メキシコシティでも、このような工芸品が作られていることを知ったのは収穫でした。
 
家具メーカーで、椅子も注文してきました。でも、完成に2週間半かかるそうで(ということは3週間だろう)、開店に間に合わなそう。しばらくは椅子なしの立ち飲みだなあ….(けっこう適当な店です。それを目指しているのですが)。

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メキシコで暮らすようになってからは、サバイバルに必死で、細かい悩みなどない私ですが、今回ばかりはインヘとの付き合い方に悩まされてます。
「これ、できてないじゃない?いつできるの?」と、インへにきいても、毎度のように「マニャーナ(明日やるから)」と応えるので、夫に「きさまは、マニャーナ男か!」といわれるほど。
しかも、プライドが高く、傷つきやすい人なので、ヨイショしながらプレッシャーを与えるという、難易度の高いコミュニケーションをとっております。
 
こっちは既に大損害を被っているので、キレそうなんですけど、キレたらインヘは落ち込んで仕事を放置しそうなので、ガラスの心を傷つけないように、尻を叩かねばなりません。
 
工事が本当に遅れているのに頭を抱えていたところに、なんと電力公社から、2万ペソ(日本円にして16万ほど)を3日以内に払えという督促状がきてしまいました。
この電気代。うちのボロアパートの階下に、現像所と薬屋があるんですが、いっとき、電気配線がぐちゃぐちゃになっていたせいで、我が家に薬屋の高い電気代(2ヶ月で5000ペソとか、一般家庭の10倍以上の考えられない電気代)が請求されるようなことがあったのです。
しかし、それを電力公社にクレームをし、調査するという話が1年くらい放置され、いつの間にか、配線を大家が勝手に直してしまったせいで、電気代は通常に戻り、そのうちに、その馬鹿高い電気代の決着についても、うやむやになってしまいました。
そんな状況なので、私たちも払うのがバカバカしくなって放置し、公社も何もいってこないもんだから、4年以上払いませんでした。いや、ようは滞納し過ぎたんですけどね(反省)。
 
しかし、「この金がねえタイミングで請求か!」と自分たちの運命を呪いました(大げさ)。
夫の家族から借金して、莫大な電気代を支払いましたが、店はまだ出来ていないのに、家賃を払い続け、借金はふくらむばかり。
 
そんな弱り目に祟り目状態のときに、ちょうど読んだのが、文藝2015年 夏季号に掲載されている、星野智幸さんの小説『呪文』でした。

 

寂れた商店街の住人たちの視点により、物語が進行していくのですが、その軸となる人物が、一念発起でトルタ(メキシコのサンドイッチ)屋を開業した青年「霧生」であり、その店名も『HIJO DE PUMITA』!メキシコ国立自治大学UNAMのサッカーチーム、 PUMAS(プーマス)が由来の名前なのです。それは、私が30代半ばにしてスペイン語を勉強するため、人生で初めて通った大学(付属スペイン語学校があったので)であるという、個人的な想い出と交差するだけでなく、霧生がメキシコのトルタ屋で修行し、刺激を受ける姿に、親近感が湧きました。
 
私には、彼の気持ちがよくわかるのです。
 
実は、私がメキシコで本当に凄い!と思った人たちって、アーティストでも、文人でも、映画監督でも、ミュージシャンでもないんです(もちろん、その作品や音楽など表現しているものは凄いと思いますが)。
 
それは、台風の日でも、路上で美味しいタコスを作るおばちゃんだったり、小さな屋台から、こだわりの味一本で勝負して、どんどん店を大きくしていった人たちだったりします。
かつて付き合った人の母親が、仕事がクビになった翌日から、トルタを道で売っていた姿にも、底知れぬパワーを感じたことがあります。
 
私がライターの仕事で喰うことに限界を感じ、こうやって店を始めようと思ったのも、そんな先達の姿に刺激を受けたからです。
 
小説『呪文』の霧生は、商店街を異様に盛り上げようとする周囲の雰囲気や、風紀を乱さないようにする自警団に翻弄されていくのですが、その「より良い商店街」「気高い人間」を目指す空気のために、周りに唱え続けられていた呪文を、自分のなかでも唱えはじめるようになる。
 
同小説が捉えているのは、架空のエキセントリックな世界のように思えるけれど、はたと気づくのは、日常にある「思い込み」や「お仕着せ」も一種の呪文だよなあ、ということ。たとえば「男なんだから支えないと」とか、「女はロングヘアじゃなきゃダメ」とか、「ラテンアメリカの人は底抜けに陽気」「A型は几帳面」みたいなのは、呪わしい言葉だと思いますけどね。
 
小説『呪文』に登場する自警団という存在についても、「正義の名のもとに、コントロールしようと突き詰めすぎたら、それは圧制のほかならない」ということを示しているように感じました。それは、ミチョアカンの自警団を扱った映画『Cartel Land』を観たときにも感じたことです。
 
自らに呪文を唱え、強い続ける人々の、圧迫した世界を捉えながらも、最後の「抜け」に希望を見ます。
 
切羽詰まっているときにこそ、ぜひ読んでほしい小説です。
 
 
http://mihonagaya.com/