気がつけば、ここはメキシコだった

メキシコ在住ライター、小さな食堂『EN ASIAN FOOD』のおばちゃん、All About メキシコガイド 長屋美保のブログ

水はなくともコーラならある

ディズニー・ピクサー・アニメ『リメンバー・ミー』のテーマにもなったことで注目されるメキシコのお盆、「死者の日」。観光客が世界じゅうから集まるその時期に、メキシコ水道局が整備のため、10月31日から4日間、メキシコシティ及び、メキシコ州の首都圏の上水道を停止すると発表した。だが停止されているはずの4日間は水道が使えたので、また政府が嘘をついているのではと思ったけれど、5日目に、本当に停めやがったことがわかった(工事の不備のために実際には1週間近く停止された)。
水がないと一番困るのが、トイレだ。こんな時こそ、ぼっとん便所が理にかなっていたと気が付き、水のない水洗トイレは何の役にも立たないことがわかる。風呂に入るのはおろか、食器も洗えない。水が本格的に不足すると、郊外では給水車強盗も多発して、警備がつくほどだった。街では水をためるためのプラスチック製の大容量のゴミバケツが飛びように売れ、高値で取引されるあり様。12月1日に新政権がスタートするのだが、現政権が交代前の資金繰りでプラスチック業界との癒着なのか?水のない街から逃げ出すために旅行へ行く人たちによる、経済効果を狙ってるのか。メキシコシティ新国際空港建設が国民投票によって中止されたことに怒った資本家たちの当てつけか。いや、本格的な水道民営化のための下準備?様々な憶測が飛び交うが、このままでは水がなくて、死者の日を祝うどころか、こちらが死者になってしまうわ!
ともかく、大都会でのサバイバルが始まった。私たち夫婦でやってる小さなアジア食堂は断水期間の休業を決めた。懐に余裕がある人たちは、州外へ旅行に出かけたのだが、私たちにそんな余裕はないので、メキシコシティに残ることにした。現在住むアパートの隣人たちとの携帯グループチャットでは、水を節約しようと誓い合ったりするのも当たり前になり、なんとかこの苦境を乗り切ってやろうという同志感までもが生まれた。
そんな水のない時期に、5000人以上の移民たちが南からやってきた。治安が悪く、仕事もないホンジュラスから逃げてきた人たちだ。メキシコ人の多くが、米国へ移民しているというのに、ホンジュラスの移民たちには寛容ではない。彼らが、メキシコに残れば、仕事を奪われる、暴力が増えるなど余計な心配をしている。スタバの出店や日本を含む外資企業の進出は歓迎するのにね。これは、外国人フォビアというよりも、中米への差別だ。
だが、南からの移民たちが米国を目指すのは今に始まった事ではない。世界的にも話題となった、この移民キャラバンの報道は、嘘の情報も飛び交い、人々の憎悪を煽る。トランプの中間選挙を盛り上げ、メキシコの人々を結束させず、分断するのに利用している。たまたま移民キャンプをグアテマラ国境から追っているフォト・ジャーナリストの知人と居酒屋で飲む機会があった。移民たちの状況を聞くよりも、まずキャンプに水は足りてるのかと質問してしまった。メキシコシティでの宿舎となっているスポーツ・スタジアムには給水車がきているので問題ないらしく、正直羨ましい。今は水のことが気がかりだ。だって、もう3日も水が出てないのだから。ゴミバケツに貯めていた水は、どんどんなくなっていく。あら、どこからか水滴の音が聞こえてきた。ついに幻聴まで…...と耳を疑うが、気がつくと水がないはずのアパートの部屋の天井から水が滴り落ちている。水がない街に奇跡が起こったのか!......なーんて、なんのことはない、上の住人が水を貯めていた洗濯機のホースから水が漏れ、それが階下(うちの天井)に浸透していたのだった。その滴る水をすかさずバケツに貯めて、またトイレ用にリサイクルしている時に、人々の尊い闘いについて、どうでもよくなりつつある自分に気がついた。これこそが人々の思考を停止させ、無関心にさせる、体制のコントロールなのか?
世間では水が足りないのにも関わらず、目の前のコンビニには、大量のコカ・コーラのペットボトルを積んだトラックが到着していた。水はなくともコカ・コーラの品切れはこの社会に存在しない。移民キャンプは、コカ・コーラの国を目指し、メキシコから去ろうとしている。たとえ催涙ガスやゴム弾で攻撃され、行く手を阻まれても。
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