『皆殺しのバラッド』が鳴り響くなかで暮らす日々
映画『Narco Cultura( 邦題『皆殺しのバラッドーメキシコ麻薬戦争の光と闇』)のポスターより(C)NARCO CULTURA | Official Movie Site
最近メキシコで流行っているのが、オレオレ詐欺以外に、
「俺たちは麻薬組織ロス・セタスの一員だ。おまえの名前も、居所もおまえの家族についてもすべて知っている。何かされたくなかったら金を出せ」という恐喝電話で、その多くが刑務所内で使われている携帯からかかってくるというもの。
いったい、その個人情報をどうやって調べているのかというと、いろんなことが考えられますが、よくいわれているのが、
- 知らない相手から電話がかかってくる
- その電話をとると、相手が「ちょっと待って」という
- こっちが待ってる間に探知機で、電話を受けた人の個人情報が抜き出す
- そのデータをもとに、脅しの電話がかかってくる
ということらしいので、
不審な電話に出てしまったら、即切ることをおすすめします。
それくらい、メキシコの犯罪テクノロジーは進化し続けているのです。
今は、メキシコにも便利なサイトがあって、不審な電話番号をデータベースとして登録することができます。
電話番号を検索すると、この電話がかかってきてこんな目に遭ったとか、調べたら詐欺だったとか、いろいろ投稿された情報が出てきます。
先日、私のもとにかかってきた不審電話の番号は、まさにこのサイトに登録された番号と合致していて、情報によると、メキシコシティ内の刑務所の携帯電話からかけられているようです。
ハッタリだとわかっていても、殺すと脅されるのは、気持ちのよいものではありません。
私はメキシコに住んで8年目。メキシコの観光情報記事を仕事で書いていますし、ほんとうはメキシコに負のイメージを植え付けるようなことは書きたくないのです。
でもゲレロ州アヨツィナパの教員養成学校の生徒たち43人が行方不明になってから、半年以上経過しても未だに真実がわからず、失踪者は日々増え、毎日誰かが犯罪に巻き込まれて亡くなり、格差も酷いこの国は、まさにJODIDO(ひどい状態)またはCHINGADO(骨抜きにされている状態)なのです。
私の家族はバラバラだけど日本に住んでいるから、泊めてもらうことはできるかもしれないけど、帰国したら住める場所はない。私の今の稼ぎじゃ、どこか部屋を借りることもできません。
だから、たとえ、メキシコが滅茶苦茶な状態であっても、ここが私の帰る場所だし、大気汚染にまみれ、うじゃうじゃと人がいて、いつだって「¿Cómo chinga?(どうやって、立ち向かってやろうか)」と辺りを窺いながら、この街で生きていくしかない。
それに、夫の家族にしても、メキシコで右も左もわからないなか、一緒に暮らして色んなことを教えてくれた元ルームメイトにしても、血が繋がっていないけれど、私にとっては本当の家族です。瀕死の状態を助けてもらったり、ボロ雑巾のような状態から復活するまで受け止めてもらったこともある。
そう考えると、私にとっては、メキシコの「国」ではなく、そこに暮らす人々が大切なのだと。この土地の人々が生みだす、文化や伝統、食べ物、どんちゃん騒ぎ、雑踏や混沌が好きなのです。
そりゃ酷い目に遭わされたことだって何度もあるけれど、「人々が好きだ」というのは、自信をもって、はっきりといえます。
だからこそ、この土地でたくさんの人々が、くだらん利権のために殺され続けているのは辛いのです。
さて、ちと前置きが長くなってしまいましたが、お知らせです。
メキシコの現実を捉えた映画『皆殺しのバラッドーメキシコ麻薬戦争の光と闇』(シャウル・シュワルツ監督)が間もなく日本公開されます。
原題は「NARCO CULTURA」といい、私が昨年観た映画のなかでベストワン。
麻薬組織抗争が激化し、世界で2番目に危険とされる(現在は知りませんが)米国国境のメキシコの街、チワワ州シウダー・フアレス。
皮肉なことに、シウダー・フアレスから国境を越えると米国屈指の安全な街、テキサス州エルパソがあるのですよね。
シウダー・フアレスで生まれ育った男性は、その殺人事件の多さから、世界で最も忙しいとされるチワワ州警察の検死官として、恐怖と闘いながら日々の任務をこなしています。いっぽう、ロサンゼルスに暮らすチカーノ(メキシコ系アメリカ人)の青年は、麻薬組織の武勇伝を歌う、ナルコ・コリードの人気歌手として、恐怖とは無縁で派手な生活を送っています。
その二人の登場人物を軸に、メキシコの麻薬組織抗争や暴力を生々しく捉えているために、メキシコでも一瞬しか公開されなかった作品です。
メキシコの殺人事件の90%以上が解決していないこととか、ほとんどの麻薬は米国に渡っていることとか、メキシコや米国当局にとっては都合の悪いネタばかりですからね。
この映画は<暴力>と<音楽=人々の活力>がキーワードとなっています。
メキシコの人々にとって音楽と祝祭は、すごく重要で、それは生きる力の糧になるものです。
この映画が、ただ麻薬組織抗争による厳しい現実を捉えているのではなく、人々の力についてもきちんと捉えている点が、とても好きです。メキシコに暮らす人々は、ただ脅えて暮らしているわけではないのですよ!
ありがたいことに、本作の日本公開用パンフレットに、メキシコの音楽について寄稿させていただきました。
ぜひ映画をご覧いただき、パンフレットもお読みいただければ幸いです。
国境で起こる事実を描いた映画を以前のブログ記事でも書いたので、併せてお読みください。
●シウダー・フアレスの女性連続殺人事件を捉えたドキュメンタリー『バホ・フアレス』
●メキシコ全体が墓になりつつある。映画「Pie de página(Footnote)」