気がつけば、ここはメキシコだった

メキシコ在住ライター、小さな食堂『EN ASIAN FOOD』のおばちゃん、All About メキシコガイド 長屋美保のブログ

バリオが足りない ”NOS FALTA BARRIO”

ジェントリフィケーションの波が、メキシコシティのセントロ(ダウンタウン)のバリオ(単純に地区や居住区を指す言葉でもあるが、ゲットーやコミュニティの意味もある)にも着実にやってきたと感じる。私が12年暮らしていて、3年前、夫と、ともに小さなアジア食堂を開いたバリオだ。1ブロック先の路上にて、テントを張って住んでいた30人ほどのストリートチルドレンたちは、その目の前にあるアールデコ様式の元学校だった建物をリフォームした、オフィスやレストラン・テナント向けのおしゃれビンテージな商業施設のオープンと共に、強制立ち退きにあった。それは、機動隊を導入した暴力を伴うものであった。そのため、子どもたち(成人になっている者もいるが)が、2年くらい前からうちの店のある通りに居座るようになった。おしゃれビンテージな商業施設のオーナーは、うちの店のお客さんでもあるが、子ども達を横目に見つつ、「日毎にホームレスが増えているよね。この社会なんとかしたいもんだ」と綺麗事をいう。いつか、お前があの道から追い出したから、ここに移ったんだろと言い返してやりたいが、なんとか我慢している。とは言っても、子どもたちのことをそんなに迷惑とも思ってなかったし、飲み水や、彼らが生業とする自動車の窓ガラス拭きに使う水をあげたり、彼らの持ってる携帯スピーカーを数時間充電したり、店が暇なときに彼らが持ってきた卵を焼くくらいなら、苦ではない。話をすればいい子たちだし、地震があった時に、店まで様子を見にきてくれた子もいる。先日、うちの店の前の路上地下の電気配線がショートし、マンホールが吹っ飛ぶほどの爆発事故があり、(それも、政府の突貫工事と、近隣の幾つかの店が、不法に電気を盗んでいるのが原因のようだ)、店を2日ほど営業停止にしなければならなかった。幸い、誰も怪我はなく、安心したが、爆発への恐怖と営業できないことで落胆していたところに、ストリートチルドレンの一人が、「金くれ」といってきた。「店も営業できないし、あんたにやる金なんかあるわけないだろ」と言ったら、「本当気の毒だよな。この電気工事も政府が国民から金巻き上げてやってるけど、結局は予算を使い尽くすために、適当な工事ばっかり続けてるから、こんなことが起こるんだ」と冷静に言っていた。路上に住んでいて社会と断絶されているようにも見えるが、よく世間を見ているのだ。
ただ、そんな彼らが現実を忘れるために、シンナーを吸ってラリってるのを見るのが、辛いというのはある。医療用アルコールに近い安酒のトナヤンを飲んで暴力的になる姿も辛い。敵対グループにガソリンを浴びせられ、それが引火して大やけどしている姿も見た。酔っ払った勢いで、何年も戻ってなかった故郷の家族に会いに行くため、ベスティア(アメリカ大陸を縦断する貨物列車。中米からの移民たちが米国境を越えるために、車両の上部に乗り、利用する)に乗りこんだが、落下し、片足を失った者もいる。いつもニコニコ話しかけてくる女の子が、幻想のなかの悪魔と対決しているのを見るのも辛い。シンナーやアルコールは、あっという間に彼らの頭や心を蝕んでいく。
 先週近隣のオフィスや店舗が、ストリートチルドレン撤去のために、ストライキを起こすという話が持ち上がった。なんでも、ストリートチルドレンのうちのひとりの女の子が、通りすがりの女性弁護士をひっぱたいたことが、きっかけらしい。コンビニの店員が水をあげなかったことで、彼らに囲まれてナイフで脅されたりしたそうだ。警察や行政区に被害届を出しても全く対応しないので、頭にきてるらしい。私たちには暴力を振ってきたことはないので、にわかに信じがたいけれど、彼らが日毎におかしくなっていくのを見ていたら、ありえるかもしれない。そう考えると、がっかりするし、面倒はごめんと真っ先に思う。でも、その一方でストライキには賛同したくない。
そのストライキが成功すれば、ストリートチルドレンは排除され、バリオはなくなり、均一化されたつまらない街が出来ていくのだろう。
ハイソな人たちに対して言われる、「Te Falta Barrio」 (君には、バリオが足りない)という言葉があるけれど、私にもまだバリオが足らないだろうし、この街にもバリオ=コミュニティが足りていないと感じる。
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